釧路菓子商組合

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お菓子釧路菓子職人めぐり

「流行りものはやらない」というポリシーを貫き、最中を作り続けて半世紀。当時レシピそのままの味を現代に引き継ぐ老舗、壷最中の壷屋村本敏矢専務にお話を伺いました。




村本敏矢専務は現在二代目。御菓子司壷屋は創業者で現役の父村本芳一社長が、昭和31年に釧路で創業した老舗。
石狩生まれの村井芳一社長は、昭和15年頃より旭川で和菓子店(現在の壺屋総本店)を営んでいた叔父の元で修行。途中、出兵やニシン漁を経験するなど波乱の多くを乗り越えながら和菓子を学んでいたという。
釧路で創業後は、修行で学んだ壷最中のほか、カステラやどら焼き、中花まんじゅうなど、今の壷屋に欠かせない主力商品を確立させていった。


創業時、氏はまだ小学生の頃で、幼少の頃からお菓子職人として働く父の背中を見ながら育ちます。
長男という立場もあり、18歳の頃お菓子修行のため東京へ上京、4年間菓子修行を経験し、帰釧後はおみやげ用のお菓子などにも力を入れていった。
最近ではお悔やみ向けのお菓子を製造することが多いというが、おつかいものとしても根強く、壷最中ファンは多いのだそう。



見た目も味も当時からかわらない、伝統を守り続ける壷最中。

50年以上変わらぬレシピで作り続けているその理由を訊ねると、「年とともに味覚って変わるんだよ。最中を買う人は甘いものを求めている人、最近流行りの甘さ控えめな最中は作らないよ」と当時のレシピに誇を持っている。
そして「これまで(良い意味で)いいかげんでやってきた。自分たちが率先やらなくとも、新しい人達がやればいい。」と、これからの人たちにエールを送る。

今は長男である氏に加え、大手メーカーのエンジニアであった次男も帰釧し、二人で父が創業した壷屋を支はじめた。 「これからも兄弟で、いいかげんにやっていきたいね」と笑顔をみせる。